初めての採用前に必要な「最低限の労務整備」
会社を立ち上げてしばらくすると、「そろそろ人を雇いたい」と考える瞬間が訪れます。
売上が伸び、業務が増え、外注だけでは追いつかない——そんなときに、
最初の社員やアルバイトを採用するのは大きな一歩です。
しかし、人を雇う前には「やるべき準備」があります。
それが、就業規則・雇用契約・36協定などの人事労務の整備です。
これらを曖昧なまま採用してしまうと、後になってトラブルが発生したり、
労働基準監督署から是正指導を受けることもあります。
本記事では、ひとり会社が最初に人を雇うときに整えておくべき
人事・労務の基本書類と手続きを、初心者にもわかりやすく解説します。
小規模法人やフリーランス法人が見落としがちな労務リスク
「うちは社員1人だし、就業規則まではいらないのでは?」
「契約書は口頭でも信頼関係で大丈夫」
そんな考えを持つ経営者は少なくありません。
しかし、労働契約・労働時間・残業・社会保険などに関しては、
会社の規模に関係なく法律が適用されます。
特に、以下のようなケースでは法令違反やトラブルのリスクが高まります。
| 代表的なトラブル | 発生原因 |
|---|---|
| 給与トラブル | 雇用契約書がなく条件が曖昧 |
| 残業・休日出勤の未払い | 36協定を結んでいないのに時間外労働をさせた |
| 解雇・退職時のトラブル | 就業規則に定めがないため合理的な手続きが不明確 |
| 社会保険・雇用保険未加入 | 法人なのに未整備のまま採用 |
これらは「悪意がなくても」起こり得る問題であり、
最初の採用時点で正しく整えることが、後のリスク回避につながります。
まず理解しておくべき人事労務の全体像
人を雇うとき、必要になる労務関係の書類や制度は多岐にわたります。
ここで全体像をつかんでおきましょう。
| 項目 | 内容 | 管轄機関 |
|---|---|---|
| 雇用契約書 | 雇用条件を明文化(賃金・勤務時間など) | 労働基準監督署(監督対象) |
| 就業規則 | 職場のルールを定める社内規程 | 労働基準監督署(届出義務あり) |
| 36協定(サブロク協定) | 残業・休日労働を行うための労使協定 | 労働基準監督署(届出義務あり) |
| 労働保険(労災・雇用) | 従業員を雇う全事業者が加入義務 | 労働基準監督署・ハローワーク |
| 社会保険(健康・年金) | 法人は強制加入 | 年金事務所 |
これらのうち、「雇用契約書」「就業規則」「36協定」は
採用前の段階で整備しておくべき必須書類です。
次に、それぞれの目的と重要性を具体的に見ていきましょう。
雇用契約書の役割と作成の基本
なぜ雇用契約書が必要なのか
雇用契約書は、**会社と従業員が交わす“労働条件の約束書”**です。
契約内容を明確にすることで、後のトラブルを防ぐ目的があります。
口頭で「週5日勤務・月給20万円」と伝えていても、
書面で残していなければ、法律上は不十分です。
労働基準法第15条では、以下の条件を書面で明示することが義務付けられています。
- 労働契約の期間(有期か無期か)
- 就業場所・業務内容
- 始業・終業の時刻、休憩時間、休日、休暇
- 賃金の決定・支払い方法・締切日
- 退職・解雇に関する事項
雇用契約書の作成ポイント
雇用契約書には、最低限以下の要素を入れておきましょう。
| 項目 | 記載例 |
|---|---|
| 労働期間 | 令和○年○月○日~期間の定めなし |
| 勤務時間 | 9:00~18:00(休憩1時間) |
| 休日 | 土日祝日 |
| 賃金 | 月給20万円(固定残業代含まず) |
| 支払日 | 毎月25日締め・翌月10日払い |
| 試用期間 | 3か月(同条件) |
→ Wordやクラウド型人事労務システム(SmartHR、freee人事労務など)で簡単に作成可能です。
就業規則の必要性と作成の考え方
就業規則とは?
就業規則は、会社全体のルールブックです。
労働条件・服務規律・懲戒・休日・退職金制度などを定めるもので、
従業員が安心して働ける環境を整備する目的があります。
提出義務のある会社とは?
労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する会社に提出義務があります。
しかし、従業員が1〜2人の段階でも、任意で作成しておくことを強く推奨します。
理由は以下の通りです。
- 解雇・懲戒・有給などのルールを事前に明確化できる
- 労働トラブルが発生した際の「会社の根拠」となる
- 労働基準監督署の指導にも対応しやすい
就業規則に含めるべき主な内容
| 区分 | 内容例 |
|---|---|
| 総則 | 就業時間・休日・休暇・給与体系 |
| 行動規範 | 服務規律・守秘義務・副業可否 |
| 休職・退職 | 休職条件、退職・解雇手続き |
| 安全衛生 | 健康診断、ハラスメント対策 |
| 附則 | 改定手続き、施行日 |
社労士に依頼すれば10〜15万円程度で作成可能。
テンプレートをもとに自社のルールを反映する方法もあります。
36協定(サブロク協定)の目的と提出手続き
36協定とは?
労働基準法第36条に基づく協定で、
「法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて残業・休日労働をさせるための労使協定」です。
これを締結していない状態で残業を命じると、法律違反になります。
提出が必要なケース
- 従業員を雇い、法定時間を超える残業や休日出勤をさせる可能性がある場合
- 社長と従業員の間で協定を結び、労働基準監督署に届出を行う
協定書の記載事項
| 項目 | 内容例 |
|---|---|
| 対象従業員 | 営業部全員 |
| 時間外労働の上限 | 月45時間・年360時間 |
| 休日労働の上限 | 年6回以内 |
| 有効期間 | 1年間 |
提出先は所轄の労働基準監督署。
電子申請(e-Gov)でも提出可能です。
実際のひとり会社が人を雇うときのステップ事例
ここからは、実際に「初めて人を雇う」小規模法人を想定して、
どのように就業規則・雇用契約・36協定を整備していくかを具体的に見ていきます。
ケース①:デザイン業のひとり社長がアルバイトを雇う場合
状況:
法人設立3年目、デザイン事務所を運営。業務拡大により、週3勤務のアルバイトを採用予定。
やるべき手続きの流れ:
-
雇用契約書を作成
→ 勤務時間・報酬・休日を明記。契約期間を「1年更新」とする。 -
労災・雇用保険に加入
→ 従業員1人でも雇えば労災は強制加入。週20時間以上なら雇用保険も対象。 -
就業規則(簡易版)を準備
→ 社労士のテンプレートを使い、就業時間・休暇・服務規律などを定義。 -
36協定を提出(残業の可能性がある場合)
→ 「デザイン納期で夜作業あり」の場合、残業許可を得るために労基署へ届出。
ポイント:
残業が想定される業種では36協定の届出を忘れがち。
「1人だけだから大丈夫」と思っていても、協定がない残業は違法です。
ケース②:EC運営会社がパート社員を複数採用
状況:
売上が伸び、倉庫作業と事務補助で3人採用予定。
対応の流れ:
-
各人に雇用契約書を交付(勤務時間・時給・交通費・雇用期間を明示)
-
社内ルールを統一するため、就業規則を整備
-
労働基準監督署に36協定を提出
-
ハローワークで雇用保険手続き
-
労働保険(労災+雇用)概算保険料申告書を提出
結果:
手続きを整えていたことで、後から追加採用してもスムーズに進行。
助成金(キャリアアップ助成金)の申請も通り、初期整備が大きな武器になった。
ケース③:フリーランス法人が外注から雇用へ切り替え
状況:
業務委託で働いていたデザイナーを、正社員として雇用。
注意点:
-
外注契約から雇用契約に切り替える際、契約書の内容変更が必須。
-
出退勤の管理・給与支払い・残業有無が明確に「労働契約」となる。
-
社会保険の加入義務が発生するため、年金事務所への届出を忘れないこと。
ポイント:
これまで「業務委託だから」と放置していた労働条件が、
雇用に変わる瞬間からすべて「労基法のルール」に切り替わります。
雇用契約書・就業規則・36協定を整える順序と実務ポイント
雇用手続きを進めるときは、順番を意識して行うとスムーズです。
以下の流れを参考にしてください。
ステップ1:雇用契約書を作成する
-
採用予定者の勤務条件を明文化。
-
契約期間・給与・休日・試用期間を明記。
-
雇用契約書の交付は採用日より前に行うのが理想。
ステップ2:就業規則を整備する
-
社内での統一ルールを文書化。
-
社員が少なくても「任意作成」しておくと安心。
-
社労士テンプレートを利用するか、自社で作成して保存。
ステップ3:36協定を作成・提出する
-
労働者代表を選出し、協定書に署名捺印。
-
労働基準監督署へ提出(郵送またはe-Gov可)。
-
年1回の更新を忘れずに。
労務整備を後回しにすると起こる3つのリスク
1. 労働基準法違反による罰則
36協定を提出していない状態で残業を命じると、
6か月以下の懲役または30万円以下の罰金の対象になります。
2. トラブル時に「会社の言い分」が通らない
就業規則や雇用契約書がなければ、従業員とのトラブル時に
「会社が不利」になります。
特に退職・解雇・残業代請求では、書面が唯一の証拠になります。
3. 助成金・補助金の申請ができない
多くの助成金(キャリアアップ助成金・トライアル雇用など)は、
労務管理体制が整っている会社だけが対象です。
初期段階で整備しておくことが、将来の資金調達にも役立ちます。
ひとり会社が雇用前に整えるべき労務チェックリスト
下記のリストをもとに、自社の準備状況を確認してみましょう。
| チェック項目 | 内容 | 完了状況 |
|---|---|---|
| 雇用契約書 | 労働条件を書面で明示しているか | ☐ |
| 就業規則 | 社内ルールを整備しているか | ☐ |
| 36協定 | 残業を想定して労使協定を提出しているか | ☐ |
| 労災・雇用保険 | 加入手続きを完了しているか | ☐ |
| 社会保険 | 法人として年金事務所への届出をしたか | ☐ |
| 労働条件通知書 | アルバイト・パートにも交付しているか | ☐ |
| 給与・勤怠管理 | 勤務時間を記録・管理できる仕組みがあるか | ☐ |
これらをすべて整えておくことで、
どんな形態の雇用でもスムーズにスタートできます。
実務を効率化するおすすめツール・専門家の活用
1. クラウド人事労務サービス
-
freee人事労務:雇用契約書・社会保険手続きをオンラインで一括管理。
-
SmartHR:電子契約・36協定の作成・従業員データ管理が可能。
これらを使えば、紙の書類提出を減らし、労務コストを大幅に削減できます。
2. 社会保険労務士(社労士)への依頼
初めての採用では、社労士への相談が最も確実です。
顧問契約なしでも、初回整備プラン(5万~10万円程度)で
雇用契約・36協定・就業規則のひな形作成までサポートしてくれます。
まとめ:最初の労務整備が「会社の信用」をつくる
ひとり会社や小規模法人が人を雇うとき、
就業規則・雇用契約・36協定を整えることは、単なる義務ではなく信頼構築の第一歩です。
・従業員に安心感を与える
・外部からの信用を高める
・助成金・融資・採用のチャンスを広げる
これらの効果は、書類の整備から始まります。
小さな会社ほど、最初に正しい仕組みを作っておくことが、
将来のトラブル防止と安定経営につながります。

